楽しくないブログ

ファッション化するキモオタという称号

15年くらい前、オタクは日陰の存在であった。世間はオタクなんて言葉すら知らない人も多く、前に出ることのない存在であった。自分がオタクというのも隠すのが当然であったし、自ら誇示するような人間は確実に精神異常者として扱われた。
現在ではそのようなことは全くない。オタクであることはある程度受け入れられる。「あの人オタクらしいよ」「ふーん」程度の反応である。それでも多くの人はまだオタクは恥ずべきものだと思っている。隠れオタクという単語が根強く残っているように、恥ずかしいものだと思っている人は多いようだ。
しかし中には、オタクであることを巧みにステータスとして利用している人物もいる。むしろそういった人物は増加の一途をたどっている。自分がキモオタであることに誇りを持ち、周囲からキモオタと呼ばれたいのだ。ファッション感覚でキモオタであることを誇示する。そして、そういう新人類オタクほど、オタク世界に生きておらず現実世界に生きている。

「げんしけん」という漫画がある。作者の木尾士目はまさにこのタイプである。こいつは典型的恋愛脳である。こいつは過去に様々な恋愛経験を重ねており、自身の作品に必ず自分の過去の恋愛体験を交えている。デビュー作のころはともかく、こいつは「げんしけん」でもそれをやってのけた。げんしけんはいわゆる「オタクの日常」を描いた漫画として注目を浴びた。オタクあるあるをコミカルに描いて人気を得たのである。ところがそれは序盤だけで、作品の途中から突然女キャラにスポットが浴び、そこを中心に恋愛模様が繰り広げられるようになった。羊頭狗肉である。序盤で「俺キモオタだからこんなあるある描いちゃうよ」と客を集めておきながら、その後は一転して自身の恋愛遍歴自慢へと移行したのだ。ちなみにこいつは既婚者である。
「変ゼミ」という漫画がある。作者のTAGROも同様のタイプだ。TAGROも既婚者である。元々は無難なオタク系作品を描いていたが、ある時からだんだんとキモオタを売りにするようになった。変ゼミはまさにその典型例で、変態が集まる男女のサークルを描いた作品である。いかに自身が変態であるか、人として醜悪であるかをアピールし注目を浴びる一方で、プライベートではちゃっかり結婚している。
「こえでおしごと!」という漫画がある。作者の紺野あずれも既婚者だ。この作品は女子高生がエロゲーの声優をやるという作品であり、作品内ではキモオタを対象にしたエロゲの数々が登場する。この作者は同業の女性漫画家と結婚している。悪い言い方をするなら、オタク女を食ったわけだ。近年そこそこ外見の良いオタク男が腐女子を片っ端から食う現象が起きているが、それと同等のことをやってのけたのがこいつである。

上記の作者に共通することとして「上の世界から降りてきている」ことがあげられる。こいつらはキモオタを商売道具として扱っているわりには、自身はキモオタから一線を画した世界で暮らしている。はっきり言って、こいつらはキモオタを見下している。作品から溢れるリア充臭さは隠しきれていない。わざわざ下の世界に降りてきて、自尊心を満たしているのだ。中学生が小学生を従えてガキ大将を演じているのと同じである。
キモオタを誇示する奴こそ現実世界を大事にしている。「昔のオタク」は誇示することはしない。「新人類オタク」だからこそキモオタアピールをし、現実では成功していく。どちらが優れているということはないが、オタクをファッションとして使っている人物が新人類オタクであることは間違いない。 このエントリーをはてなブックマークに追加

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