楽しくないブログ

デマを書くこととデマをまとめることは違う

インターネットはデマの宝庫である。情報という情報が溢れているが、そのソースはあいまいなものがほとんどである。ソースがあったとしても今度はそのソースが正しいかどうかなんて判断ができない。どこまで信じるかは利用者次第である。
そういう意味で「嘘は嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という明言は正しい。嘘が流れているかも、という心構えが、ネットを利用する上では必要なのである。たとえ自分が信じたことが嘘だったとしても、それは仕方の無いこととも言える。必要なのは心構えである。

ブログを書く上で、デマ情報が紛れてしまうのはある程度は仕方ない。悪意のあるデマは論外としても、信じていたことが嘘だったことによるデマはどうしても起きてしまう。私のブログにもデマは溢れている。知識不足や調査不足が原因である。当然それに対し指摘が入ることもあれば、そのまま埋もれてしまうこともある。指摘が入れば補足情報としてデマが是正されるし、埋もれてしまえばデマが広がることも無く終わりである。それが個人ブログの特性と言える。個人ブログはあくまで「一個人の意見」であり、それがそのまま世論となるわけではない。
これがまとめブログになると話が変わる。まとめブログと個人ブログの最も異なる点は「意見の多さ」である。個人ブログの場合はどんなにアルファブロガーだとしても、あくまで個人の意見だ。やまもといちろうやちきりんといったアルファブロガーの記事がどんなに拡散されたところで、受け手としては「個人の意見」に賛同するか否かに終始する。ところがまとめブログはあたかも「大勢の意見」であるかのように記事が作られる。まとめブログはブログの人格という要素が薄いので「このブログはこういう意見なんだ」という印象よりむしろ「世間の意見はこうなっているんだ」といった印象を持つ。そしてその中にもしデマが混じっていたとしたら、そのデマはもはや一個人の意見ではない。世論となるのである。

個人ブログでデマを書いても個人の意見の範疇のため、比較的影響は少ない。ところがまとめブログのような「大衆意見」を扱うブログはデマを書くと、そのデマは大勢に信じられているものであり、正しいものだという錯覚を起こす。個人ブログでデマを書くのとまとめブログでデマを流すのは受け手にとって全く異なる印象となるのである。まとめブログは巧みにブログの人格を消すことで、数の暴力の錯覚を作り出している。まとめブログは本来デマを書くことの責任は個人ブログより大きく持つべき存在なのだが、ブログの人格が薄いため責任の所在があいまいになっている。これもまとめブログの特性と言える。 このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

最近私も同じ様な事をいつも考えています
ところで私はまとめブログが
大量の雇われ※さんを雇っていると
考えていますがのはたちまデマ世論とは
言えず作り物と言った方が適切ではないのでしょうか?より悪質です。
蟹速報でたまにコメントしています。

  • 2013/10/19(土) 13:10:33 |
  • URL |
  • sマスター #c8VgKUqU
  • [ 編集 ]

失礼、かみまみたw
>考えていますが、この場合
と言いたかったのです。

  • 2013/10/19(土) 16:24:35 |
  • URL |
  • sマスター #c8VgKUqU
  • [ 編集 ]

ツイッターで「まとめサイトは叩ける要素を持った個人や思想、国、団体を見つけて来て記事にして「ほら、おもちゃ用意してきたぞ!叩け!!」と言って集客し利益をあげる新しいタイプのマスゴミ。」と言ってる人を見ましたが、当たってる気がします。
広告業者が絡んでいたり、他にも色々ありそうですけど。

  • 2013/10/22(火) 07:41:51 |
  • URL |
  • #OARS9n6I
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nvmzaq.blog.fc2.com/tb.php/210-e5cedd90
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad